最高裁判所大法廷 昭和38年(オ)1301号 判決 1966年11月02日
上告人
野村成克
右訴訟代理人
山下昭平
被上告人
小林実
右訴訟代理人
樋口光善
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人山下昭平の上告理由一について。
いわゆる白地手形は、手形要件を完備せず、将来補充されることが予定されている未完成手形であるが、経済取引の実際上の必要に基づき、現実には、このような白地手形が数多く発行され、流通におかれてい。すなわち、白地手形の所持人が白地のままこれを保有し、その権利を行使するに当つてはじめて白地部分を補充したり、白地手形のままで、これを第三者に譲渡したりすることが頗る多い。これは、手形利用の実際上の必要に応ずるために慣用されているところで、このような未完成手形について、にわかにこれを無効視することができないことはいうまでもない。そして、白地手形の所持人が手形債務者に対し手形上の権利を行使するためには、白地部分の補充を必要とすることは所論のとおりであるが、白地手形の所持人は、未完成手形の所持人として、何時でも、白地部分を補充することができ、そして、それによつて手形上の権利を行使することができる立場にあるのである。
ところで、手形法七七条、七〇条、七八条は、満期の記載のある約束手形の所持人の振出人に対する権利は、満期の日から三年をもつて時効により消滅する旨規定しているから、本件のような受取人白地の手形についても、白地部分である受取人の補充がなくても、未完成手形のままの状態で前示時効は進行することとなる。このように、一方で、未完成手形のままの状態で、手形上の権利について、時効が進行するものとすれば、このこととの比較均衡からいつて、他方で、白地手形の所持人は、白地部分である受取人の補充をすることなく、未完成手形のままの状態で、右時効の進行に対応し、法律の定めるところにより、時効の進行を中断するための措置をとり得べきものと解するのが相当である。もつとも、白地手形の所持人は、何時でも、白地部分を補充して、手形上の権利を行使し、もつて、時効の進行を中断することができるのであるが、白地手形の経済的機能を考え、その円滑な流通を妨げないようにする見地からいつて、時効中断の目的のみのために、早期に白地の補充を強制する結果となることは妥当とはいいがたく、また、白地手形のままの状態で、進行しつつある時効について、特にその中断の途を閉ざすべき合理的根拠は見出しがたい。したがつて、本件のように受取人の名称を適法に補充することにより自ら手形上の権利者となり得べき白地手形の所持人は、その間の時効の進行を中断することによつて、将来右受取人の補充により行使し得る手形上の権利を保有し得るものと解するのが相当である。
ところで、本件は、受取人未補充の約束手形の所持人が振出人に対し、当該手形の満期の日から三年の時効期間の経過前に手形金請求の訴訟を提起し、その後に右白地部分を補充してこれを完成したのであるから、たとえその補充の時がすでに満期の日から三年を経過した後であつたとしても、右満期の日より起算すべき手形上の権利の時効については、右訴の提起の時に中断があつたものとして、時効完成の有無を決すべきである。
右の見解は、従前の大審院の判例(大審院昭和七年(オ)第三〇二三号同八年五月二六日判決、民集一二巻一三四三頁参照)と相容れないものであるが、右判例は、これを変更すべきものと認める。したがつて、本件において、時効の中断があつたものとして、上告人(控訴人)の時効の抗弁を排斥した原審の判断は、結局において、正当であり、右と異なる見解に立つて原判決に法令解釈の誤りがあると主張する論旨は採用できない。
同二について。
本件記録によると、上告人の原審における主張は、所論の趣旨に解することはできず、原判決には所論理由齟齬の違法はない。論旨は採用できない。
同三について。
所論は、原判決が引用する第一審判決がその傍論として判示するところを非難するものにすぎず、判決に影響のある違法の主張に当らない。論旨は採用できない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官入江俊郎、同奥野健一の補足意見、裁判官松田二郎、同岩田誠の反対意見があるほか裁判官全員一致の意見により、主文のとおり判決する。
裁判官奥野健一の補足意見は次のとおりである。
受取人の記載のない白地手形の所持人は、補充により有効な手形上の権利を取得し得る手形上の一種の条件附権利を有するものと解すべきである。他面、白地手形と雖も満期の記載があれば満期の日より三年を以つて時効に罹るものと解すべきことは、手形法七〇条、七七条、七八条に照し明らかである(若し白地手形の所持人は何ら手形上の権利を有しないとすれば、その者につき時効が進行することはあり得ない。)。そして白地手形の所持人は、白地を補充しないで手形を第三者に譲渡し、または、そのまま保有することにつき取引上の必要があることは多数意見のとおりであるから、本件の如き受取人の記載のない白地手形の所持人は右白地部分を補充しないかぎり時効中断の途がないとすることは不合理である。すなわち、白地手形の所持人は一種の条件附権利を有する者として、民法一二九条を類推して、一般の規定に従い、その権利を保存することができるものと解すべきであるから、白地手形の所持人は、訴の提起、手形債務の承認等一般の時効中断の方法により、白地部分未補充のまま、時効の進行を中断することができるものと解すべきである。
もとより、白地部分未補充のまま手形金請求の訴を提起しても、白地を補充しないかぎり、手形債務者を遅滞に陥らしめたり、手形金支払を命ずる給付判決を得ることはできないのであるが、時効中断の効力は認めて差支はない。けだし、時効の中断は、権利者がその権利の上に眠つていないことを客観的に明確ならしむる程度の権利主張の事実があれば足り、敢て相手方を遅滞に陥らしむる程度の権利行使があることを必要としないからである。このことは、手形の呈示を伴わない裁判外の催告にも、手形債権の時効中断の効力があるとする当裁判所の判例(昭和三五年(オ)第五三三号同三八年一月三〇日大法廷判決民集一七巻一号九九頁)の趣旨にも合致するのである。然らば、被上告人が本件白地手形に基いて、訴を提起したかぎり、これを以つて、時効中断の効力があつたとした原判決の判断は正当である。
裁判官入江俊郎は、裁判官奥野健一の右補足意見に同調する。
裁判官松田二郎の反対意見は、次のとおりである。
多数意見も、白地手形の所持人が手形債務者に対し手形上の権利を行使するためには、白地部分の補充を必要とするというのであつて、このことは白地手形が未完成手形たることに基づく当然のことである(当裁判所昭和三一年(オ)第五二九号同三三年三月七日判決、民集一二巻三号五一一頁、昭和四一年(オ)第三二九号同年六月一六日判決参照)。そして私は、この見解に立つ以上、白地手形の所持人が白地部分を補充しないで請求の訴を提起しても、手形上の権利につき時効中断の効力を生じないと解すべきことも(大審院昭和七年(オ)第三〇二三号同八年五月二六日判決、民集一二巻一三四頁参照)、当然であると考える。しかるに、多数意見は右のように、白地手形の所持人が白地部分を補充することなく直ちに手形上の権利を行使し得ないことを認めながら、その所持人が白地部分を補充することなく訴を提起しても、その時に手形上の権利について時効中断があるものと主張する。私はこの点について多数意見には理論的矛盾のあることを感じないわけにはいかないのである。
(一) およそ消滅時効の中断ということは、時効によつて消滅すべき「権利」の存在を前提としてのみ考え得るところである。すなわち、権利の存在しないところに消滅時効中断の問題はあり得ない。そこで白地手形について時効中断を認めようとするためには、その所持人が白地手形という未完成のままの手形を所持するにかかわらず、既に手形上の権利を有しているとの理論を是非とも構成する必要に迫られる。白地手形について時効中断を認める学説が、その所持人をもつて潜在的の手形上の権利を有するとし、あるいは一種の条件付権利を有すると主張するのは、このことを示している。この点につき多数意見は曰く、「手形法七七条、七〇条、七八条は、満期の記載のある約束手形の所持人の振出人に対する権利は、満期の日から三年をもつて時効により消滅する旨規定しているから、本件のような受取人白地の手形についても、白地部分である受取人の補充がなくても、未完成手形のままの状態で前示時効は進行することとなる。このように、一方で、未完成手形のままの状態で、手形上の権利について、時効が進行するものとすれば、このこととの比較均衡からいつて、他方で、白地手形の所持人は、白地部分である受取人の補充をすることなく、未完成手形のままの状態で、右時効の進行に対応し、法律の定めるところにより、時効の進行を中断するための措置をとり得べきものと解するのが相当である」と。そして、多数意見が「未完成手形のままの状態で、手形上の権利について、時効が進行する」というのは、白地手形について「手形上の権利」の存在することを前提とするものである(もつとも、多数意見の全文を通読するとき、表現に幾分の不明瞭を感じるが、あるいはそれは意識的になされたものではないかとさえ臆測される。けだし、多数意見は、白地手形についての時効中断の根拠を求める必要上、上述の引用文の示すごとく、白地手形が手形上の権利を表彰することを認めながら、しかも他面において、反対論から論難に遭遇して、白地手形が手形上の権利を表彰するものであることを正面より明言することを避け、論点をぼかした態度が窺われるからである。しかし、多数意見は、このような表現を用いるところがあるにもかかわらず、白地手形をもつて手形上の権利を表彰するとの見地に立つて、時効中断を認めるものであることは、疑のないところである。)。
多数意見と異り、私は、白地手形の所持人は、その補充前において補充権を有するに止まり、未だ手形上の権利を有していないものと解するのが正当であると考える。従つて、手形上の権利を有しない以上、該権利について消滅時効の進行やその時効完成ということはあり得ず、従つてその時効中断の問題もあり得ない。ただ補充権を行使すると、白地手形が完成した手形となり、手形上の法律関係の内容は手形に記載されている文言に従つて定まることとなるから、手形上の権利の消滅時効の期間も手形記載の満期から計算されるだけなのである。しかるに、多数意見がこの点を「未完成手形のままの状態で、手形上の権利について、時効が進行する」と説明するのは、いわば漠然たる言葉の綾によつて白地補充前に恰も手形上の権利が存在するが如き観を与える理論構成を強いて試みるものといえよう。しかして、仮に多数意見に従つて、白地手形の場合、訴提起に時効中断の効果があるものとしても、最終の口頭弁論終結の時までに白地を補充しなければ、原告たる白地手形所持人が敗訴するのは当然である。しかも、その敗訴の理由は、要するに、所持人が手形上の権利を有しないからなのである。畢竟、かかる手形について訴提起に時効中断を認めることは、所持人の有していない手形上の権利について恰もその権利があるごとく考えて、時効中断を認めるということに帰する。しかし、いうまでもないが、存在しない権利について時効中断ということは、理論上あり得ないのである。
(二) 近時わが国の一部の商法学者は、白地手形について白地のままの状態で時効中断を認め、多数意見もこれと趣を同じくするものであるが、私はこのような時効中断を認める学説も、また多数意見も、民事訴訟法の定める「将来の給付の訴」との関連に言及しないことを理解し得ない。
わが民事訴訟法は、予めその請求をなす必要がある場合に限つてではあるが、将来の給付の訴の提起を認めているのであつて(民訴法二二六条)、もし白地手形の所持人が手形上の権利を有しているとの前提に立つならば――奥野裁判官の補足意見によれば手形上の一種の条件付権利である――、予め手形金額の請求をする必要がある場合には、白地部分を補充することなく、この「将来の給付の訴」によつてその手形金額の支払いを求め得ることを肯定しなければならなくなるはずである。従つて、もし多数意見がその考えを一貫せしめるならば、白地手形の所持人は白地のままの状態で時効を中断し得るのみならず、将来の給付の訴によつて手形金額の支払いを求め得る可能性すら有することとなるのであつて、かくては白地手形は権利行使の点に関し完成手形と必ずしも多く異らぬものとなり、もはや「未完成手形」の名に値しないものと化するのである。
因みに、最近の判例上、手形の時効中断のため手形の呈示を必要としないと解されるに至つたが(当裁判所昭和三五年(オ)第五三三号同三八年一月三〇日大法廷判決、民集一七巻一号九九頁)、この判例はいかなる場合にも手形について時効中断を容易ならしめたものと即断してはならない。けだし、この判決は、完成した手形、すなわち手形上の権利の存在する場合の時効中断に関するものであつて、本件のごとき未完成手形、すなわち手形上の権利のない場合に援用し得るものではないからである。
(三) 本件は受取人の記載のない白地手形に関するが、その時効中断についての多数意見に従うならば、おそらくすべての白地手形についても白地部分を補充しないで時効を中断し得ることを肯定しなければならなくなるであろう。そうだとすると、手形金額の記載のない白地手形についても、同様に時効中断を認めなければならないこととなるであろう。しかもその時効中断は訴提起に限られることもなく、白地補充前に債務者側からの承認によつても可能となるであろう。しかし、このような結論は果して是認し得るものであろうか。
(四) 叙上のような反論に対して、多数意見は、あるいは本件のごとき受取人白地の白地手形について、特に時効中断を認める必要があるといわれるかも知れない。しかし、何故にこのような白地手形について特別の取扱いをする理論的根拠があるのであろうか。もつとも、受取人白地の白地手形は取引上、無記名式手形に近い作用を営む点に、その特殊性があるといえるかも知れない。しかし、嘗て商法の手形編では無記名式手形を認めていたが、現行手形法はこれを認めなくなつたのである。そして強度の流通性を有すべき手形について無記名式を認めないということの立法上の是非は別として、現行法がこれを認めない以上、これに類する作用を営むところの受取人白地の手形を特別扱するのは、現行手形法の精神に反することとなろう。
(五) いうまでもなく、手形は厳格な要式証券であるのに、白地手形が取引上の慣行として発生し、今や手形法も予めなした合意と異る補充をした場合に関し規定を設けるに至つたのである(一〇条、七七条二項)。しかし、白地手形が本来取引上の貫行に基づいて発生したものではあるにせよ、白地手形に関する問題をすべて慣行の名によつて是認し得るのではない。白地手形は完成した手形と異り、「未完成手形」であり、この本質に基づいて越ゆべかざる限界がそこに厳として存在するからである。白地手形の場合、白地を補充することなくして直ちに権利を行使し得ないことはこれに因るし、また、本件について時効の中断を認め得ないこともこれに因るのである。
今本件についてみるに、被上告人は受取人白地の手形について白地を補充しないで訴を提起したものであり、具体的な本件のみを念頭におくときは、あるいはこの訴提起に時効中断を認めようとの救済的考えも生じるかも知れない。しかし、およそ白地手形について、その時効期間経過までには相当の時間的余裕があるのであつて、その期間経過までに白地部分を補充しないことは、その所持人がこの補充のことを失念したか、または補充という一挙手一投足の労を惜んだためかの何れかであるといわなければならないであろう。しかして、およそ、法律は権利の行使を怠る者を保護しないのにかかわらず、特にこの場合にのみ白地補充権の行使を失念したか、または補充することの労を惜んだ者を保護する必要を見出し得ないのである。もつとも、叙上の卑見に反対して、本件のごとく白地補充権を行使しなくとも手形金支払請求の訴を提起した以上、権利の行使を怠つたものでないとして、訴提起に「時効中断の効果」がありと主張する者もあろう。しかし、かかる考えに立つならば、更に一歩進んで白地を補充しないで手形金支払の訴を提起した者をも権利を有するものとして、その請求自体を是認すべきこととなろう。しかし、これは手形上の権利の行使のためには白地部分の補充を必要とする白地手形の大原則に違反し、多数意見と雖もかかることを是認しないことは、既に述べたとおりである。
以上が、私の多数意見に反対する理由である。
裁判官岩田誠は、裁判官松田二郎の右反対意見に同調する。(入江俊郎 奥野健一 五鬼上堅磐 横田正俊 草鹿浅之介 長部謹吾 城戸芳彦 石田和外 柏原語六 田中二郎 松田二郎 岩田誠 下村三郎 色川幸太郎)(裁判長裁判官横田喜三郎は、退官のため署名押印することができない。)